以下の文章は、北岡泰典のメルマガ「旧編 これが本物の NLP だ!」第 9 号 (2003.12.28 刊) からの抜粋引用です。

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今回は、いくつかの NLP の基本用語について考察してみたいと思います。

1. アンカーリング

NLP モデル/テクニックのうちで最も重要なものはおそらく「アンカーリング」です。

すなわち、NLP で言う「アンカーリング」は、ある一定の外的刺激 (あるいは内的刺激) が特定の内的反応を引き出すプロセスのことです。また、その外的刺激 (あるいは内的刺激) は「アンカー」と呼ばれています。たとえば、ある昔の歌を聞くたびにその歌が流行っていた頃に付き合っていた恋人のことを思い出すことがアンカーリングの 1 例です。(この場合は歌という外的な聴覚的刺激がアンカーとして内的反応を引き出しています。) また、フランスの 20 世紀作家プルーストの大著、『失われた過去を求めて』の冒頭部分で主人公がお茶に浸されたマドレーヌというお菓子の味を味わったとたん、子供のときにそのお菓子を味わった瞬間に戻り、その時点から主人公の過去のすべての記憶が何千ページに渡ってよみがえり始めますが、これはまさしく最も典型的なアンカーリングの例と言えます。(この場合は、味覚という外的刺激がアンカーとして内的反応を引き出しています。) ちなみに、プルースト自身は、この有名な過去を思い出す瞬間を「特権的瞬間」と呼んでいました。

アンカーリングは、パブロフの条件反射と密接な関係があることは明らかですが、2 つの間には明確な違いがあります。すなわち、パブロフの実験の犬の場合に示されるように、条件反射が確立されるためには「刺激/反応 (さらに場合によっては、強化)」の循環を一定の回数繰り返すことが必要になります。一方、特定の内的経験を引き起こすアンカーリングのプロセスは、通常、ただ一回の刺激によって確立されます。この差異は、条件反射は「外的行動/外的行動」 (パブロフの犬の場合では、「ベルを聞く/唾液を流す」) の条件付けに関連している一方で、アンカーリングは 「外的行動/内的行動」の条件付けに関連していることを理由にしています。さらには、このことは、人間 (おそらく犬の場合も当て嵌まるかもしれませんが) の内的行動 (経験) に対する敏感性は、外的行動 (経験) に対する敏感性と比べてはるかに繊細である事実にも拠っているように思われます。たとえば、パロ アルト グループのポール ワツラヴィック編集の『創出された現実』で、ハインツ フォン フォースターは、人間の神経系には 1 億個の知覚受容体 (レセプター) がある一方で、スナプスの数は約 10 兆個であるので、私たち人間は、外的環境の変化と比べて 10 万倍 (!) 内的環境の変化に対して敏感である、と指摘しています。

このことは、言い換えれば、人間はパブロフの犬よりもずっと敏感であるということを意味しますが、他方、アンカーリングは『両刃の刃』でありえ、もしその過程に意識的になることができなければ、行動の選択肢が犬よりも少なくなると考えてもけっして誇張ではないかもしれません。

実は、私たちの内的状態を「条件付け」ているのは、これらの通常意識されていない「アンカー」 (アンカーリングを引き起こすトリガとなる刺激) 群なのです。このため、各アンカーリングのプロセスを意識化すればするほど、それだけそのプロセスを自由に使うことができるようになり、その結果それだけ自分の内的状態をコントロールすることができるようになります。

私のこれまでの長年の人間意識に関する研究によれば、この「アンカーリング」のプロセスは、現代コンピュータ用語の「プログラミング」とほぼ同一視できますが、卓越した現代心理学者によって提唱されてきている非常に広範な他のコンセプトとも密接な関係があります。たとえば、『ミルトン H エリクソン全集』の編者のアーネスト L ロシが『心身治癒の心理生物学』で提唱している「SDMLB (State-Depending Memory, Learning and Behaviour)」 (「状態依存の記憶/学習/行動」)、トランスパーソナル心理学者のチャールズ タートの言う「d-SoC (Discrete State of Consciousness)」 (「個別の意識状態」) および「d-ASC (Discrete Altered State of Consciousness)」 (「個別の変性意識状態」)、同じくトランスパーソナル心理学者のスタニスラフ グロフの提唱する「COEX システム (Systems of Condenced Experience)」 (「凝縮経験システム」) 等、さらには、場合によっては、精神分析家のカール ユングの「元型 (アーキタイプ)」さえも、まったく同じメカニズムを示唆しているように思われます。また、タートが帰依した現代精神世界の導師、グルジェフが提唱した「多数の私」の概念も、仮にこれらのコンセプトと等価と見ると、さらに容易に理解できることになります。

さらには、非常に興味深いこととして、古代インドの「ヴェーダンタ」という哲学/心理学で最重要な概念は「サムスカーラ」ですが、この概念も NLP の「アンカーリング」に非常に近いものです。サムスカーラは、鈴木大拙の弟子だったアラン ワッツ (ちなみに、ワッツは英国出身の米国カウンター カルチャー導師の一人で、パロ アルト グループのベイツン、ジェイ ヘイリー等の友人でした。パロ アルト グループの心理学を「コミュニケーション心理学」と形容したのはワッツでした) によって『心理療法東と西―道の遊び』で「精神身体活動の習慣的パターン」と定義されていますし、また瞑想の伝統では「過去の行為によって心的機能に残された印象の総合計」と定義されたりもします。古代インドの賢人たちが、コンピュータが存在していなかった数千年前にすでに、人間の脳がコンピュータと同じように機能するという事実、すなわち、私たちの行動パターンは五感を通じて脳に入ってくる入力データではなく「事前にインストールされた」プログラミングによって定義、制約されているので、自分自身の事前プログラミングを変えないかぎり、私たちは自分が本当に欲することを手に入れれるように自分の行動パターンを変えることは決してできない、という事実を把握していたことは、驚きに値します。

ちなみに、上に列挙された、NLP の「アンカーリング」に非常に近い現代用語のうちで、これらの基盤をなしている同じ意味 (または、少なくとも似た意味) を最も典型的に表しているのはロシが提唱した SDMLB と言えると思われます。この用語は次の例によってもっともよく理解されるかもしれません。

たとえば、舞台に上がれば世界が驚愕するすばらしいパフォーマンスを提示できる一方で、ステージから離れると常に緊張していて、ステージに上がる前には「舞台恐怖症」をもっていさえいるかもしれない天才的な女優が仮にいると考えてください。この例では、SDMLB のコンセプトによって、この女優はステージの特定のスポットに立つ必要があり、いったん彼女がそのスポットに立ちさえすれば、そのスポットと関連付けられている、彼女が過去に獲得してきている記憶、学習、行動全体が自動的に彼女に訪れて、瞬時に天才的なパフォーマーになれる、ということが容易に理解できます。彼女は、その正確なスポットに立たないかぎり、状態 (すなわち、スポット) 依存の記憶、学習、行動 (SDMLB) にアクセスすることがどうしてもできないのです。

このように、自分の最高のパフォーマンスが発揮できる一式の過去の「記憶、学習、行動」が「依存」 (ロシのコンセプト) し、または「凝縮」 (グロフのコンセプト) している「変性意識状態」 (タートのコンセプト) こそが、最近のスポーツ心理学で呼ばれている「ゾーン」そのものです。「ゾーン」とは、ここでは、「ピーク パフォーマンスを達成するための一式の記憶、学習、行動に瞬時にアクセスできるような変性意識状態の限定された領域」と定義できると思います。NLP の各個人編集テクニックは、スポーツ選手その他が「ゾーン」に入るために最適のテクニックです。なぜならば、NLP 個人編集テクニックは、本メルマガの第 6 号で詳述されたように、TOTE のモデルに基づいていますが、この TOTE サイクルを自動化するプロセスがアンカーリングの過程そのものにすぎないからです。

アンカーリングとゾーンの関係は、以下の Web ページで参照できる図に視覚的に示されています。

http://www.creativity.co.uk/creativity/jp/magazine/library/anchor.htm

(このページの図は、コース追加資料の付録 2 にある図と同じものです。)

すなわち、この図で表されているように、この船の移動できる範囲 (私たちの、自信、創造性、満足、不満足、悲しみ、苦痛といった一定の精神状態) が「ゾーン」と呼ばれている領域で、この領域は、錨すなわちアンカー (内的または外的刺激) が置かれた位置とアンカーからの綱の距離によって予め決定されていて、その範囲を超えて移動することは決してありえないことがわかります。

ちなみに、このアンカーとゾーンの関係は、量子力学者が提唱している「確率論」(および、このボームの理論に基づいてハイゼルベルグが提唱した「非確定性原理」) と非常に密接な関係があります。すなわち、非常にパワフルなこの現代的理論によれば、原子の最小構成要素は粒子と波の両方の性質をもつことが可能であり、観察している科学者は、仮定上の粒子が特定の瞬間にどの限定された確率の領域内に存在するはずであると言うことができる一方で、その科学者はその粒子の正確な位置を特定することは決してできません。この、予め領域だけは決定できるが、観察対象がその領域内のどこにいるかは決して特定できないというメカニズムは、アンカーとゾーンの関係のメカニズムと同一です。

また、上記の文脈で言えば、フロイト派の精神分析以降の、ゲシュタルト、ヒューマニスティック サイコロジー、交流分析 (TA)、エンカウンター、プライマル、リバーシングを始めとする現代の西洋心理療法の学派はすべて、例外なく、入力データを変えることによって問題を解決しようとした学派であることを指摘するのは非常に興味深いことです。すなわち、これらの学派は、人間の行動を定義するプログラミングを変えることができませんでした。このことが、たとえば、ゲシュタルトの言う「アンフィニッシュド ビジネス」が終わることなく延々と続き、決して克服することができないように思われる理由です。

しかし幸いなことに、NLP は、他の心理学の学派とは異なり、終わりなき詳細に絡み取られるかわりに、私たちの行動パターンを変える目的で私たち自身のプログラミング自体を取り扱う、まさに世界初の真の「コンテント フリー (内容とは無関係)」の心理学であると定義することができます。(この点に関しては、本メルマガの第 4 号で引用されているアントニー ロビンズの比喩を参照してください。)

ここで一点注意しておくべきことは、アンカーリングは、意識的にであれ無意識的にであれ、すでに自分が実際に経験したことしか、その対象にできないという点です。すなわち、過去に自分がいったん経験したものであれば、アンカーリングのプロセスはその経験 (または「ゾーン」) を瞬時に呼び起こすことは可能ですが、ある人がレモンを味わったことがない場合は、どのようなアンカーを使ってもその人にレモンの味を想起させることは不可能なことは明らかです。その一方で、冒頭のプルーストがもし過去にマドレーヌのお菓子の味を味わったことがなければ、そのマドレーヌがプルーストに幼児期の記憶を思い出させ始めるアンカーになりえないことも自明です。

上記からお分かりのように、アンカーリングは、日本語の「精神統一法」と等価であると見なすことができると思いますが、その一番の違いは、もちろん、精神統一法では、おそらく瞑想の先生が弟子の一人一人に思い思いに瞑想させて、各自「経験則」でその方法を見つけさせるように任せる傾向がある一方で (瞑想の先生が明示的な一式の方法論を弟子に口で説明できるとは思われませんし、弟子の方も全員が経験則だけでその方法を極めることができるとも思われません)、アンカーリングの場合は、その曖昧模糊とした「非論理的」な、経験則の方法論を一式の明快な学習可能な手順として論理的に「モデリング」した点にあります。

アンカーリングに関する FAQ として、「なぜ 1 回で確立されると言われているアンカーリングの効果が時間とともに薄れてしまうことがあるのですか?」といった質問がありますが、この質問については、次号以降のメルマガで考察したいと思います。

2. TOTE

上記で、自分のピーク パフォーマンスをいつでもどこでも継続的に発揮できるような変性意識状態としての「ゾーン」に瞬時にアクセスするために、NLP の各個人編集テクニックが用意されているということが示唆されましたが、この NLP の各個人編集テクニックがどのように有効であるかのメカニズムは、「アンカーリング」と「TOTE」の二つの NLP モデルによって解明することが可能です。NLP 個人編集テクニックの基本メカニズムとしての TOTE モデルの詳細については、本メルマガの第 6 号を参照してください。

このように、その基本メカニズムの TOTE サイクルを自動化するプロセスとしてアンカーリングが使われている NLP の各個人編集テクニックは、スポーツ選手、音楽家を始めとして、自己のピーク パフォーマンスを達成するために「精神統一」をする必要がある人々にとって最適のテクニックです。 NLP 個人編集テクニックとしては、『メタミラー』、『共鳴パターン』、『ディズニー創造性ストラテジー』、『信念体系統合』、『卓越サークル』、『タイム ライン』、『心身論理レベル統合』、『アンカー統合』、『姿勢編集』、『チャート編集』等があります。

3. サブモダリティ

私の見るところ、「アンカーリング」、「TOTE」と同じくらい、あるいはそれ以上に最重要な NLP モデルは「サブモダリティ」です。また、仮に真の意味で NLP に固有なものがあるとしたら、それは、NLP 共同創始者の一人であるリチャード バンドラーによって発明されたこのサブモダリティ テクニックであると、私は考えています。NLP で「発見」されたかまたはモデル化された他のものはすべて、チョムスキーの変形生成文法、コージブスキーの一般意味論、ベイツン式認識論、エリクソン式催眠、フリッツ パールズのゲシュタルト療法方法論といった NLP 以前の学派によってなされた現代の発見として、または古代インドの哲学/心理学の一部として、すでに人類が考えついたものとして存在していたとも言えますが、サブモダリティのようなものだけはこれまで過去に存在していなかったように思われます。ちなみに、私の、1995 年夏ドイツ ミュンヘンでのバンドラーとの個人的な会話から、彼の、真の意味で画期的な意味をもつサブモダリティのモデルは、ホログラフィーの人間の脳の機能のし方への応用に関する彼自身の長年の研究に基づいていることが明らかになりました。

通常、私は、実際のセッション、ワークショップ、コースを開講している際の補助資料としてしか NLP テクニックの演習手順を文字化することはありませんが (これは、有能な NLP トレーナーなしに一人でどのような NLP 演習を行うことも、適切な訓練を受けたヨガの先生の監督なしに、書物だけを通じてインド式の呼吸コントロール テクニックを学ぼうとするくらい危険であるかもしれない、という理由によっています。後者の場合は命にかかわることもある一方で、前者の場合は、最悪の場合、精神障害を招くことがあるかもしれません)、NLP でサブモダリティ モデルが占める位置の重要性を考慮して、この紙面上で、サブモダリティ テクニックの概要を、特別ケースとして提示したいと思います。

すなわち、「サブモダリティ」は、視覚、聴覚、触覚等の各表出体系 (すなわち、知覚体系または様式) を構成する識別区分要素と定義されます。たとえば、視覚体系のサブモダリティは、明るさ、カラー/白黒、コントラスト、サイズ、距離、場所等です。聴覚体系のサブモダリティは、音調、音量、テンポ、リズム、調子、場所等です。触覚体系のサブモダリティは、暖かさ、緊張、強度、動作、方向等です。

具体的には、頭の中で視覚的イメージをもっているとき、これらのイメージには特定の明度と特定のサイズがあり、カラーか白黒のどちらかです。これらのイメージは、はっきりしているかぼやけているかのどちらかであり、平坦であるか奥行きがあるかのどちらかであり、距離的に近いか遠いかのどちらかです。頭の中で聞く自分自身または他の人の内側の声には、特定の調性、音量、テンポ、ピッチ等があり、自分の右耳または左耳から聞こえるかステレオで聞こえるかのどちらかです。同様に、内的な感情と感覚には、特定の暖かさ、緊張、強度、動作、方向等があります。通常、これらの各サブモダリティの特定の強度は、無意識的に選択され、従って、厳密に固定されたものです。

NLP 関連のセッション/ワークショップでの単純な演習で、各サブモダリティが自分の内的状態に特定の影響を与えることを例証することができます。たとえば、音量とピッチの高い声と組み合わされた距離の近い、大きなカラーの視覚的イメージは、一部の人々に「肯定的」な内的状態を生み出す一方で、音量とピッチの低い距離の遠い、小さな白黒の視覚的イメージは、同じ人々に「否定的」な内的状態を生み出することがあります。

これらすべてのことが無意識に (自動的に) 行われることには確かに利点がありますが (たとえば、特定の内的経験をもつたびに、これらのサブモダリティの複雑なパターンをいちいち調整する必要がありません)、これらの厳密に固定されたパターンが、自分が自動的に「悲しみ」、「憂鬱」、「怒り」等を感じ始める主要原因の一つであった可能性があります。言い換えれば、自分の内的状態が自分の意識の外で選択されるサブモダリティによってアンカーリングされていた可能性があります。

比喩を使って言うと、私たちは子供のときにテレビである番組を見て、テレビ受像機の「音量」、「明るさ」、「コントラスト」の 3 つのボタンをそのとき最適と思った位置に調節した後、その後はその 3 つのボタンにいっさい触れなかったので、20 年後の現在までに、そのボタンはすべて錆び付いて、まったく動かなくなっています。おまけに、それらのボタンの調節度は、音量は小さく、明るさは薄暗く、コントラストは不鮮明な状態なままになっているので、これらの調節度では、おそらく、どのような楽しいバラエティ番組を画面で見ても、薄暗い画面で音も小さいので、いっさい楽しめなくなっています。この場合に、この 3 つのボタンに潤滑油を注して、音量、明るさ、コントラストとも、自分が本当に画面上の番組を楽しめるような度合いに変える手順が、NLP の「サブモダリティ変更」のメカニズムであると言えます。もちろん、画面が適度に明るく、色も鮮明で、音量も適度であれば、今までは面白くないと思っていた同じ番組を今度は非常に興味をもって楽しみ始めることができる可能性が生まれることは言うまでもありません。

このような、過去のまったく同じ「コンテンツ (内容)」の、今までは楽しむことのできなかった嫌な「シナリオ」であっても、コンテンツはまったくそのままで、単に「コンテキスト (文脈)」としてのサブモダリティを変えるだけで、シナリオ自体が楽しく、面白いものになるという驚くべき内的経験の変化は、実際にサブモダリティ テクニック演習を実践することで、実証的に経験することができます。(つまり、本だけでこの演習の手順を学び、自分で実践してみても、理想的な効果が得られない場合があります。)

TOTE とアンカーリングに基づいた「個人編集」モデルの観点から言うと、いったん通常どの特定のサブモダリティ (イメージの明るさとサイズ、声の音量と音調等) が「望まない」内的状態 (= TOTE で言う「現在の状態」) を生み出しているかを特定することができれば、その後は、そのサブモダリティを意識的に変更して (= 「目的状態を達成するために必要な手段の適用」)、求める状態 (= 「目的状態」) が生み出されるように自己訓練することができます。このプロセスは、十分長い期間意識的に練習した後は、自動的になりえます。

なお、上記のアンカーリングの説明で、「アンカーリングは、意識的にであれ無意識的にであれ、すでに自分が実際に経験したことしか、その対象にできない」と指摘しましたが、この点に関して、「アンカーリングでは、すでに自分が過去に経験したことしか再生できないのですね。では、NLP のテクニックを使っても、創造的になれないのですか?」という FAQ の質問を受けたことがあります。

確かに、アンカーリングでは、新しく「見える」行動/思考パターンを作り出すことは可能ですが、その行動/思考を構成している諸要素は、その当人の過去からの手段のみであると言えるかもしれません。また、個人編集テクニックの実践の結果としてサブモダリティが変わり、内的体験がより肯定的になる場合があっても、その変化はあくまでもテクニック実践の副産物的効果に過ぎません。

その意味で、人間の行動/思考パターンをホログラフィー的に影響、規定しているサブモダリティを「意識的」に変えることで、今までその人が経験したことも、考えたこともない内的体験をもつことを可能にするという点において、サブモダリティこそ NLP モデルが創造的であることを可能にしている最重要要因であると言えるかもしれません。また、能力開発の観点から言えば、サブモダリティは、特にビジュアル アーティスト等、クリエイティブ パフォ-マンスを向上させるために二次元、三次元の内的な視覚体験を自由自在に創造、変更、歪曲、編集する必要のある人々にとって最適の NLP テクニックです。

非常に保守的なアンカーリングと最も革新的、創造的なサブモダリティを、NLP というヒマラヤ山脈の二つの対比的な最高峰モデルと考えることもできるかもしれません。

著者追記: 先週末、私の東京第一期生 NLP プラクティショナー コースのモジュール 2 が無事終了しました。コース参加者の皆さんのコースへのコミットメントと、NLP という画期的な心理学体系への興味と好奇心がますます深まっているように感じました。コース中の皆さんの質問は、私にとって興味あるものばかりで、本号のメルマガ、および今後の号の内容にもそれらの質問と私のコース中の答を反映して行きたいと思っています。皆さんご苦労さまでした。

作成 2023/10/6