以下の文章は、北岡泰典のメルマガ「旧編 新・これが本物の NLP だ!」第 68 号 (2007.2.28 刊) からの抜粋引用です。

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今回は、3 月 1 日に出版される私の著書「5文型とNLPで英語はどんどん上達する」、北岡泰典公式サイトのリニューアル、第三回 NLP ライブ ジャム セッション、「日本 NLP 学院と他の NLP 団体との違い」についての情報をお伝えします。


1. 北岡泰典著「5文型とNLPで英語はどんどん上達する」、3 月 1 日出版される!

本メルマガで何度か告知してきましたが、北岡泰典著「5文型とNLPで英語はどんどん上達する」 (最終的には、副題は「21世紀の国際人になるための革命的英語学習法」となりました) が、3 月 1 日に出版されます。カバーデザインは以下のようなものです (下のイラストをクリックすると、大きなデザイン イメージが閲覧できます)。

北岡泰典著「5文型とNLPで英語はどんどん上達する」カバー



出版社はダイヤモンド社で、定価は税込 1500 円です。ISBN 番号は 978-4-478-98091-0 です。

私の手元には著者割当献本が既に届いていますが、この時点で、出版社のサイトを含め、まだどの Web サイトにも事前告知情報はアップされていないようです。

出版社の担当者からは、「実際に書店店頭に並ぶのは、地域にもよりますが、金曜~土、日にかけてになります。八重洲ブックや紀伊国屋、丸善などの大手書店の場合は、 おそらく金曜日あたりには、もう並んでいるかと思います。それ以外の中小書店や、地方の書店の場合、もう少し遅くなるかもしれません」というメッセージをいただいています。

私は、個人的には、通常の場合は、出版社は、本の出版日よりかなり前から「事前告知」を打つと思うのですが、大手出版社は懐が深いというか、余裕があるというか、私の本に関して、いっさい事前告知がない事実は非常に興味深いと思います。

正式出版後に、私の公式サイトに、同本の紹介ページを特別開設したいと思っています。


2. 北岡泰典公式サイトのリニューアル

私の著書も出版されますので、今回、3 月 1 日に以下の私の公式サイトをリニューアルすることにしました。

http://www.kitaokataiten.com/

新サイトのデザインは、UCSC (カリフォリニア大学サンタクルーズ) のキャンパス内の屋外の壁に実際に据え付けられているレリーフ作品をフィーチャーしたものです。この作品の題名は「自然と調和するかあるいは対立して生きる道」で、まさしく宇宙の森羅万象を描ききっていると思える芸術作品で、私のお気に入りです。

サイト デザイン制作は、ニューロカフェのオーナーの角川氏が社長のフブキ社です。

なお、今後の私のニューロカフェでの活動としては、「JAM セッション」と「北岡泰典マンツーマン セッション」(現在のクライアントには、会社社長、プロ テニス コーチ等がいます) を継続させていきます。

さらには、NLP と精神世界を組み合わせたワーク (おそらくは精神世界をも超えるであろう、いわば、「ガチョウは外だ!」的なワーク) の「行脚」をできれば全国規模で行っていきたいと考えているところです。


3. 吉祥寺「ニューロカフェ」との共同開催の第三回 NLP ライブ ジャム セッション

3月6日(火)にIT社長×北岡泰典/ジャムセッション第三回目が行われます。

ニューロカフェ主催、株式会社フブキ代表角川英治氏が北岡と接する仲でどのような変革がおきたのかをライブセッションで体感できる企画第3回目。今回は、2回目で明示化された報告書を元に実際フブキスタッフがどのような変化が起きたのかを報告いたします。今回は、北岡より、先頃ダイヤモンド社より出版された「5文型とNLPで英語はどんどん上達する!」についての話もあります。

日時  :2007年3月6日(火)
OPEN :20:15、START:20:30~22:30

セッションメンバー: IT社長(株式会社フブキ代表取締役角川英治)他

参加費:¥3,000

お申し込みは下記サイトよりお願いいたします。

http://www.neurocafe-nlp.com/jamsession/

なお、以下のサイトに過去のジャム セッション情報 が掲載されています (音源もアップされています)。

http://www.neuro-cafe.com/topic/jamsession/




4. 日本 NLP 学院と他の NLP 団体との違い

現在、日本 NLP 学院の紹介として、受講生の声が集められている資料がありますが、それに関して気づいたことは、子供のころ自宅が火事になって、それがトラウマとなり、その後花火大会を楽しむことができなかったが、NLP ワーク (サブモダリティ) の後、子供の頃以来初めて花火大会を家族と楽しめた、とか、役員会議が悩みの種だったが、NLP ワークのおかげで役員会議が自分のアピールの場になった、といった、行動上の自己の変化に焦点を合わせたケース スタディが多い、ということでした。

これらの自己変化は、それ自体非常にすばらしいと思いますし、NLP は、自分がなりたい人間になれるまで、自分自身の行動を変え続けさせてくれる驚くべき方法論ですが、ただ、まったく NLP を知らない方が、これらのケース スタディを読まれたとしても、これらのケースはあくまでも「テクニカル」的なものでしかないので、では、日本 NLP 学院が生徒さんに提供できるものと他の NLP 団体が提供するものの違いはわからないのではないか、と思いましたので、今号のメルマガで、その違いを箇条書きで説明したいと思いました。

1) まず、日本 NLP 学院の学院長である私の教え方は、「一を聞いて十を知ることができる」人々を養成できます。

このことについては、私の著「5文型とNLPで英語はどんどん上達する」から以下の引用 (172 ~ 175 ページ) をします。(ところで、この本は英語学習本の体裁を取っていますが、もちろん、他の言語学習にも、さらには他の多くの学習分野にも活用できるということは、本メルマガの読者の方々には言わずもがなのことであることはお分かりになると思います。)

「機械的な、『考えない』形での辞書の引き方、単語の覚え方は、単なる『水平的学習』で、『足し算』の勉強法でしかありません。しかし、『垂直的学習』が可能な『掛け算』あるいは『累乗』の勉強法が存在するのです。この場合は、英語学習の理解が『量子飛躍』的に伸びるので、この辞書の引き方が楽しくて仕方なくなるはずです。
その『楽しくて仕方のない』辞書の引き方は、本書で何度か説明してきている『(たとえば、基本文型等の)公式に(たとえば、単語や言い回し等の)詳細を当てはめる』という演繹法的方法と密接に関係しています。
たとえば、辞書で『run』という単語を辞書で引いて、以下の言い回しと訳があったとします。

『run three miles 3マイル走る』

 この場合、『数百の英語の長文を、すべて機械的にただただ暗誦する必要がある』と思っている英語学習者は、単に三つの単語とそれに対応する日本語訳しか学べないでしょう(つまり、水平的学習しかできないでしょう)。
 しかし、基本五文型で構文分析しようとしている英語学習者にとっては、この言い回しはほぼ無数のことを教えてくれているので、『リソースの宝庫』と見ることができます(つまり、垂直的学習が可能です)。
 つまり、『公式に当てはめられた詳細』そのものに捉われず、『この言い回しはどういう公式に当てはめられているのか』を理解しようとする学習者は、とっさに、例文の『run(走る)』は『walk(歩く)』、『go(行く)』、『move(移動する)』、『swim(泳ぐ)』、『advance(前進する)』等、非常に多くの単語(さらに具体的に言うと、『移動を示す自動詞』)と互換可能であり、『three(3)』のかわりには、ありとあらゆる無限の数の数字を入れることが可能であり、『miles(マイル)』のかわりに『mm(ミリ)』、『cm(センチ)』、『m(メータ)』、『km(キロ)』、『yards(ヤード)』、『shakus(尺)』、『ris(里)』など、一定数の単語(『距離の単位を示す名詞』)と入れ替えることができることを理解します。
 ということは、驚くべきことですが、その学習者は、この3つの単語から成り立っている言い回しだけで、(二番目の数字は無限の変数があるので)文字通り、誰も否定できない形で、『無限の数の表現』をすでに学習したことになります。
 このような辞書の引き方がわかれば、一つの例文を学んだだけで無限の表現法を学習したことになり、いわば、『一を知って十(または無限)を知る』方法を獲得します。
 この垂直的学習法は、単語を引けば引くほど『累乗』されていくので、辞書の各ページのすべての行に下線を引く辞書活用法が、ますます楽しくなっていくことは想像に難くないと思います。
  つまり、垂直的学習法は、『無限の無限乗』(!)の学習効果と学習加速度を可能にしてくれます。」

以上のこと (特に、「垂直的学習」) は、この本では辞書の引き方として紹介されていますが、もちろん、この学習パターンを職場でのタスク学習、スポーツやパフォーマンス芸術の新技能習得、対人コミュニケーションの向上法、自分との内面コミュニケーションの整理法等、ありとあらゆる分野で必要とされていることは自明です。

ここで、一つ問題となりえるのは、もともと「一を聞いて十を知ることができない」人々が NLP を学ぼうとする傾向があるわけですが、はたして、そういう人が NLP を学んで、そのノウハウを獲得できるか、という点です。

これについて、私は、かなり楽観的ですが、ただ一つだけ条件があると思います。それは、NLP は、生まれて何十年も続いてきている癖となっている自分自身の行動パターンを変えることができる方法論ですが、「怠惰な人々」のための方法論ではない、という条件です。

「一を聞いて十を知ることができない」人々に NLP を学び始めようとする他の理由として、「自分の頭に新しい電極棒を一回だけインストールすれば、即、恒久的に他の人間になれる」という思いがあるようであれば、いつまでたっても「一を聞いて十を知ることができる」能力を身につけれないと思います。

これは、上記の水平的学習 (単たる、足し算的な詳細を記憶していく学習法) を脱却して、垂直学習 (累乗的な、一つの詳細からパターンを見抜いて、その上でそのパターンに当てはまる他の詳細も即認識できる学習法) を身につけるには、一定以上の「試行錯誤」と「忍耐」が必要だからです。

つまり、NLP は、どのように学習すれば自分の能力を飛躍的に伸ばすことができるかという方向性を教えてくれても、その学習の「努力自体」に取って代わることのできる方法論 (そのような魔法の方法論は世の中に存在しないでしょう) ではないことをけっして忘れてはいけません。言い換えれば、NLP は、けっしてどこにも至らない「水平的学習」から最終的に自分の目的が達成できる (それなりの努力が必要な) 「垂直的学習」に移行することを全面的に支援してくれる方法論なのです。(実は、この移行に、(人類史上革命的と言ってもよい) 「量子的飛躍」があるのですが。)

2) 二番目に、私のワークは、人々に「学習のし方 (の学び方)」を教えることができます。

この点は、上記の第一点目とも関連していますが、私の教え方は、いっさい詳細志向ではなく、あくまでも、その詳細を生み出している、あるいは規定している法則やパターンが学べる方法です。

たとえば、私は、1) 英語を含む語学、2) NLP、3) 精神世界、4) 片手でのコンピュータの小キーボード操作、の 4 つの領域に関しては、その一つ一つに関して、他のどの日本人にも負けないであろう技能とノウハウを身につけていると自負しています。(このことは、私の過去の試行錯誤的なコンテンツ学習に費やした時間と努力についての自己満足と自己激励ではあっても、別に自分のエゴに関する自慢ではありません。なぜならば、私は、この 4 つの領域以外のこと (自動車の運転、水泳、会計、工芸、電子工学、等すべて) については自分はまったくの「ど素人」と認めることができるからです。)

ここで私が驚いたのは、これだけ多様な 4 つの領域に関して、たしかに学ぶべき詳細/コンテンツ (= 学習の対象) はまったく違っても、その詳細をどう学ぶか (= 学習のし方)、さらにその詳細の学び方をどう組み合わせるか (学習のし方の学び方) は (実は、この上向きのチャンクアップのプロセスは少なくとも数レベル存在しえますが)、「まったく同じ」であることでした。

日本 NLP 学院で学ぶ NLP を通じて、学院のコース参加者は、私自身が実際に自己学習の中で発見したこのような普遍的な「ベイツン」的加速学習法を身につけることができます。

3) 三番目として、私の教え方は、人々に「変化」ではなく「変容」をもたらすことができます。

このことは、もちろん、上記の第一点目と第二点目とも密接に関連しています。

トランスパーソナル心理学者のケン ウィルバーは、水平的な自己変化を「トランスレーション (変換)」と呼び、垂直的な自己変化を「トランスフォーメーション (変容)」と呼んでいます。

私は、前者を「変化 (チェンジ)」と呼び、後者を「変容 (トランスフォーメーション)」と呼んでいます。

前者は、詳細が変化するだけで、主観的経験の「性質」が変化することはありません。これは、たとえば、病んでいる樹木の、病んでいる枝葉を刈り取っても、また別の病んだ枝葉が生えてくる、という状況に似ています。

私は、テクニカル志向のトレーナーは、人々に「変化」しかもたらすことできないという立場を取っています。

逆に、後者の「変容」の場合は、詳細レベルの枝葉を変えるのでなく、いわば、その枝葉に栄養を与えている樹木の幹や根 (上記の第一点目と第二点目で示唆されている「法則/パターン」であり、「学習のし方の学び方」です) を変えることができるので、主観的経験をもっている「人自身」 (語弊を恐れずに言うと、NLP のメタポジションにいる自分です) を「変容」させることができ、このため、一度病んだ枝葉を刈り取った後は、けっして同じように病んだ枝葉が生えてくることはありません。

さらにいうと、「変化」は「doing (行為のし方)」のレベルの変化でしかありませんが、「変容」は「being (存在のし方)」のレベルの変化をもたらします。

20 数年来東洋的精神主義の「瞑想」と「自己変容」の道を首尾一貫して歩んできている私、北岡泰典は、日本 NLP 学院のコース参加者に、上記のような、テクニカルな変化ではなく、(人々が真に求めていると私が考えている) 「真の自己変容」をもらせることができる、と自負しています。

作成 2022/1/21