以下の文章は、北岡泰典のメルマガ「旧編 新・これが本物の NLP だ!」第 226 号 (2012.1.19 刊) からの抜粋引用です。

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今回は、以下のトピックがカバーされています。

注: 本「語録シリーズ」では、日本語の文が先にあって、英訳が後にある語録は、北岡自身が発信する語録です。一方で、英語の文が先にあって、日本語訳が後にある語録は、他の人 (多くの場合、NLP 創始者または開発者) からの引用語録です。

1.北岡語録、その十四

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1.北岡語録、その十四

If it is possible in the world, it is possible for me.”

「もし世界の他の人にできたら、それは自分にも可能である。」

この格言は、NLP 諸前提 (人によって、数が違います) の一つですが、これほど、自分の潜在性を肯定する格言もないかと思われます。

この意味合いは、私たちは、皆同じ現実に生きているということは、調理すべき、まったく同じ量と種類の材料を与えられていて、その前にいる調理人のようなものだということです。違いは、単に、私たち一人一人が使う「レセピー」にあるだけで、非常に不適切なレセピーを使えば、非常にまずい料理 (すなわち、狂人) ができあがり、平凡なレセピーからはまあまあの料理 (通常人) ができ、非凡なレセピーからは極上の味の料理 (天才) が生まれることは、想像に難くありません (この際の「レセピー」は、NLP では、プログラミング、アンカーリングに相当しています)。

このこと (= 世の中に不可能なことはない) について、私は、大学時代、教わっていたフランス人の先生に関連して興味深い体験をしました。この先生は当時合気道を実践していて、八王子のあるセミナー合宿で、屋外で車座になったとき、私に一本の藁を渡し、「私の鼻に藁の先端を押し付けてください」と言いました。私がその藁を先生の鼻に近づけると、藁の先は、先生の顔から 10 センチくらいの場所でカーブを描いて、下の方に曲がり、どうしても藁の先端を鼻に押し当てることはできませんでした。

次に、ライターを渡され、「火を付けたまま、私のお腹にその火を押し当てるように」という指示を受けました。私が火の付いたライターを先生のお腹に押し当てようとしても、その間鬼の形相のようになっている先生のお腹から 10 センチくらいの距離にまるで「エネルギーバリアー」が張られているかのように、どうしてもそれ以上押し付けることができませんでした。

この体験が、私に、「気」というものが実際にあるのだという確信をもたせてくれました。

この先生は、不可能なことはない、とおっしゃったので、「では、今、5m 飛び上がれますか?」と聞いたときの先生の答えが以下の格言です。

「確かに、今ここでは、私は 5m 上に飛び上がることはできない。しかし、明日飛べるか飛べないかは誰にも言えない。」

“Certainly it is true that I cannot jump 5 meters into the air right now, but nobody can say that I will not be able to do so tomorrow.

作成 2022/6/28