以下の文章は、北岡泰典のメルマガ「旧編 新・これが本物の NLP だ!」第 219 号 (2012.1.12 刊) からの抜粋引用です。

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今回は、以下のトピックがカバーされています。

注: 本「語録シリーズ」では、日本語の文が先にあって、英訳が後にある語録は、北岡自身が発信する語録です。一方で、英語の文が先にあって、日本語訳が後にある語録は、他の人 (多くの場合、NLP 創始者または開発者) からの引用語録です。

1.北岡語録、その七

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1.北岡語録、その七

“Every behavior has a positive intent.”

「どの行動にも必ず肯定的意図がある。」

この格言は、二日前のものですが、以下のようなシェアリングをいただいています (順不同です)。

「この言葉大好きです。 ありがとうございます。」

「自殺や殺人、戦争などに肯定的意図がある、とまでは思えません。『自分(達)の一方的な都合』の方がしっくりきます。都合も究極は肯定的意図かもしれませんが。」

「どんな行動にも、肯定的意図はあると思います。そしてそれは、健全で美しい。その意図を汲み取り、意図を満たしたまま、代替行動をどれだけ生成、TOTEし望ましい行動に変化させるかが、重要ですね・・・。」

「どういうことですか?くわしく教えてください。」

最後のコメントに対しては、「実は、4 日前からこれらの格言の一部の解説を私のメルマガで始めています。本日の格言についても今後解説する可能性があります」と答えさせていただきました。ときどき投稿してくださる英国人の友人の方 (この方は日本語も交えています) と私は、以下のような交信をしました。

「Hmm, this deserves greater discussion because I am not so sure.

I think there is also an argument for saying that all human behaviour has a selfish intent. Even if the act is generosity towards another, we get gratification from being ‘good’ and thus still please ourselves. There are few selfless acts of generosity, and those usually occur in extreme situations. There are numerous human psychological experiments that highlight the selfishness in human nature when they feel they are safe from punishment.

HOWEVER, I recognise that this all depends on our interpretations of ‘behaviour’ and ‘positive intent’ which may be very different, so perhaps we are not talking about the same thing at all.

‘Positive’ for one person can be negative for another. This is clearly demonstrated with the outcome of the intent, for example the terrorist attacks on the Tokyo Underground ((地下鉄サリン事件). Perhaps オウム真理教 felt it was positive intent in their own reality, but the outcome was not positive for others.

I think also the INTENT was not positive for others, not purely the outcome. All this evidence still makes me lean towards the side of selfishness being the main drive and intent in human nature, even when doing generous things, the enjoyment we get from being good is selfish (but not necessarily bad-selfish)」

「I thank you for this comment.

Some of the aphorisms I have been quoting are “NLP Presuppositions”, and NLP doesn’t claim that they are necessarily true (please be reminded that the Euclidian axioms CANNOT be proven, while the theorems based on them can be proven!).

In my own experience, when I started to act as if these NLP presuppositions were true, my life definitely became much richer and happier than before, and these life-fulfilling effects of NLP were more than enough for me. In other words, I would not care an iota about the validity of these presuppositions.

After all, models are sheerly models and cannot represent reality per se at all…

Many thanks.」

「Thanks for the explanation, I understand :)」

簡単に言うと、この友人は、「地下鉄サリン事件等を含めて、すべての行動の意図は必ずしも肯定的ではない」という立場を表明されたのですが、私は、「この格言もその一つである NLP の前提は、必ずしも真であるとは主張していません (ユークリッド幾何学の公理でさえ、証明することはできず、単に公理に基づいた定理が証明できるだけです)。いずれにしても、私は、あたかもこのような前提が真であるかのように振る舞い始めたら、自分の人生がより充実して、より豊かになってきたことを実際的に体験しました。私には、この NLP の効果で充分で、前提の妥当性はどうでもいいことになります。結局のところ、モデルはモデルにすぎません」という意味のコメントをさせていただいています。

コメント者は、「わかりました」ということでした。

本紙面上で、さらに追加としてコメントさせていただくと、この友人のコメントは「部分的性悪説」と言っていいと思いますが、私には、NLP は「絶対的性善説」を取っているように思えません (そうでないと、1975 年に、革命的な心理学者がこのような危険な方法論を世の中に開示した経緯jを説明することはできないと思います)。

この意味は、 上記の「自殺や殺人、戦争などに肯定的意図がある、とまでは思えません。『自分(達)の一方的な都合』の方がしっくりきます。都合も究極は肯定的意図かもしれませんが」に示唆されているように、たとえ「邪悪な意図」があっても、NLP 的に「チャンクアップ」して、その意図の隠れた高次の意図を探っていったら、いずれどこかのレベルで「性善説」的な意図が見出されてくるはずだ、というものです。

いずれにしても、この意味では、NLP は「一元論」を踏襲していると言えます。

さらに言うと、仮にある人が「部分的性悪説」を唱えて、戦争は邪悪で、絶対反対だと言っていたとしても、第二次世界大戦が証明しているように、国が戦争を始めたときに、その人がその主張を自分の命をかけて続けることができるかどうかは、非常に微妙な命題です。

作成 2022/6/21