以下の文章は、北岡泰典のメルマガ「旧編 新・これが本物の NLP だ!」第 143 号 (2010.4.7 刊) からの抜粋引用です。

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今回は、「北岡新 NLP FAQ、その三十四」のトピックがカバーされています。


1) 北岡新 NLP FAQ、その三十四

A77 (143): 先生の「NLP 教師」としての「最大のアウトカム」は何ですか?

Q77 (143): そうですね、まずそれがビジネス的成功でないことは、本メルマガの読者の方々にも自明かと思います。

なぜならば、仮にもしそうであるならば、ここまで難解そうで、とっつきにくい印象を与えるメルマガとかサイトの見せ方をしていないでしょうから。その場合は、もっと市場のレベルに合わせて、平易な印象の売り込み方をしてきているはずです。

私の方向性は、本メルマガに第 140 号でも示唆したようなものです。以下に引用してみます。

「確かに、たとえば、広告業界において、黎明期の『啓蒙主義』 (= 押し付け) 的な売り込み方の反省に立ち、現代の広告は、「お客様が常に無条件に正しい」という『民主主義』的な売り込み方が主流になっているようですが、反面、私が 最近読んでいる洋書にも書かれているように、『単なる民主主義は社会的問題を解決できず、貴族的精神の要素が生活の中に導入される必要がある』べきだと、 個人的には思っています。

つまり、多数派が常に正しい、という考え方は、場合によっては、『集団催眠』によって、『ハーメルンの笛吹き男の鼠の群れ』を生み出す危険性も孕んでいる と思いますし、特に、私にとっては、昨今の 1 億 3 千万人の『総活字離れ化』、『総携帯ユーザー化』には、すでにその兆候が如実に現れているように思います。

その意味では、個人的には、長年海外に住み、国内のボックスの中にいるだけでは決して見えない諸点も見えるようになっていると自負している私のような人間 が、『トップダウン』式に、日本社会全体に警鐘を鳴らすことがあっても、日本社会にとって得にはなれ、決して損にはならないであろう、という思いをもちな がら、国内での私自身のワークを継続してきています。」

私の方法論は、以上の意味合いにおいて、いわば「トップダウン」的ですが、しかし同時に、非常に逆説的ですが、私は「プッシュ型」ではなく「プル型」のマーケティング法しか取ってきていないというのが私自身の自己認識です。

ですので、最近、私が過去のコースの生徒さんの方々のある集まりに参加したときのことに関して、「先生のプロモーションは『プッシュ型』ですね」という感想をある方からいただいて、極めて驚いた次第でした。

私自身、最近関わっているある団体のプロモーション法は、「電話ぜめ」、「勧誘ぜめ」で、これほ どプッシュ型の売り込み方はないと思い、私自身、NLP ピアの誰にもこの団体への入会を勧めてきていませんが (この団体自体が私の NLP 業界への「影響力」に期待していた節があります)、上記の感想を私に言った方が実際にこの団体のやり方等を見られたら、私のプロモーション法を「プッシュ 型」と形容することは二度とないだろう、と確信しています。

私が、自分のワークを始めとして、ある場所で「自己宣伝」するとしたら、そうすべき「限定的」な 文脈をわきまえているつもりですし、さらに、これほどすばらしい方法論を、私が宣伝する相手にも使っていただけたらという思いだけであって、ビジネス的な 極面は、二次的以下の意味合いしかもっていないですね。

思うに、私は、NLP は「水平的学習者」を「垂直的学習者」に変えうる方法論で、この方法論を使えば、「思考停止状態」から「自分でものを考える状態」に移ることが可能になる という立場で NLP を教えてきていますが、しかし、最近、私は、日本の教育によって、日本人は、自分でものを考えて判断しないことに関しては「骨抜き」状態にさせられてきて いるという思いをますます強めてきています (ちなみに、この状況は、実は、第二次世界大戦直後の GHQ のマッカーサー元師が「日本人が二度と国際的に『危険』な民族にならない」ようにするために実践した一連の文化的、社会的「操作」の結果である、と主張す る人もいますが、私は、この見方に同意できますし、戦後 65 年経って、マッカーサーの戦略は見事に成功してきていると言えると思います。)

私自身、本 FAQ で尋ねられた私の「最大のアウトカム」は、「『水平的学習者』を『垂直的学習者』に変え」、かつ「『思考停止状態』から『自分でものを考える状態』に移る ことが可能に」する NLP を日本市場で広め、その上で、その過程で「個人的天才」の数を増やし、日本社会全体を活性化することにあると、自覚しています。その目的の象徴的な方向性 として、「60 万人のニートをなくす」という提唱もしてきている次第です。(私の「最高位のアウトカム」は、「NLP 等による最終的『自己実現』」である、と付言しておく必要はありますが。)

ただ、NLP を本当の意味で血肉化するためには、(本メルマガの最近の号でも示唆しているように) 「カウンターカルチャー」を始めとする該当する「参照機構」が必要なこともまた事実であり、そのような参照機構のない方々 (言い換えれば、自分でものを考えたことがない人々) が「水平的学習者」から「垂直的学習者」に変わったり、「思考停止状態」から「自分でものを考える状態」に移ることが可能かどうかについては、少なくとも 2002 年の帰国時には比較的に楽観的でしたが、過去 8 年間の本メルマガや公式サイトを通じた私自身の自己プロモーションの結果を見ると、現在は、私にはかなり「否定的」に見えるようになっています。

(以上の私の最大のアウトカムを市場に伝えるには、もっと違ったプロモート、見せ方があったはず という、ご意見もあるかと思いますが、「表面的なものには左右されず、コアで本物だけを見分ける力のある人々」を特定する目的をもつ私のメルマガ、公式サ イトが、市場からは期待される反応を得てきていないように見える以上、たとえどのようなプロモートをしていたとしてもこの目的達成は、国内市場では極めて 難しいように、今の私には見えます。)

以上のことを背景にして、私は、現在、「脱フルタイム NLP 資格コース開講」の方向性を取りつつあるわけですが、上記の私の「トップダウン」の方法論は、NLP 市場外のもっと「リアルな世界」で勝負している「エグゼキュティブ」な人々によってならさらに正当に評価されるであろう、という確信のもとに、「脱 NLP 市場」の方向性も強めていきたいと思っています。

あるいは、逆に、「洗脳されたい」と思われているような人々が多いこの市場においてこそ、(この市場の人々にはその参照機構がな い、といった理由から) 「プル型」の私のプロモーション法が曲解されるのかもしれないので、明示的に「プッシュ型」のスタイルを取った方が (その方が、この市場の人々にはその参照機構があるので)、もしかしたら私のワークおよびアウトカムがさらにもっと理解されやすいのでは、とも思い始めて きています。(このことは、ある意味で、私のプロモートの相手の方の「自由意思」を尊重しないというまさにその理由によって、これまでの私はあえて取って きていない路線であるわけですが。)


Q77 (143): 先生の公式サイトでダウンロード可能な「誰も書かなかった NLP 創始者についての裏話!」の小冊子についてコメントしていただけますか?

A77 (143): そうですね、私が書いた、この無料ダウンロード可能な小冊子には、NLP 共同創始者がどのように袂をわかったか、を含めて、国内外であまり知られていない「衝撃的」な内容も含まれていますが、本メルマガ読者の方々もすでにダウ ンロード閲覧された方も多いかと思いますが、「情報共有」の意味で、以下に、バンドラー氏とグリンダー氏の「裏話」をそれぞれ一つづつ同小冊子から編集引 用してみたいと思います。

1) バンドラー氏について

「国内で知られていない、バンドラー氏についての情報として、以下の二つがあります。

まず、Wikipedia には、以下の記載があります (北岡訳)。

『1988 月 1 月 29 日、バンドラーは、NLP の生徒でコカイン常習者だった娼婦のコリン・クリステンセンの殺人罪に関して、陪審員による 5 時間半の審議の後、全員一致で無罪を宣告されました。この女性は、1986 年 11 月 3 日に、バンドラーの拳銃 を使った、何者かによって射殺されたのでした。この事件は、バンドラーとその友人のジェームズ・マリーノが彼女の家を訪問しているときに起こりました。当 局は、クリステンセンが食卓に倒れ掛かっていて、彼女の血がバンドラーのシャツに飛び散っているのを発見しました。マリーノは殺人罪として起訴されません でした。』

第二に、バンドラー氏とグリンダー氏は、北岡の理解では、1980 年初頭以降、お互い別の道を歩み始めましたが、1996 年にバンドラー氏は、NLP は自分自身が創始したものであると主張して、グリンダー氏を含めた数人以上の NLP トレーナーを裁判で訴え、億以上の損害賠償を求めていました。結局は、NLP はすでに 20 年以上に渡って公けになっている公開情報/技術であるので、一人の人間が現時点で独占所有することはできないという理由で、バンドラー氏は敗訴しました。 2001 年発行のグリンダー著の『Whispering In The Wind』の最終ページには、お互い NLP 共同創始者として相互の貢献を認め合い、互いの努力を尊重し合うといった意味のグリンダー氏とバンドラー氏二人の署名入り和解書のファックス コピーが載っています。

このことに関連して、バンドラー氏がグリンダー氏を含め数人以上の NLP トレーナーを訴えた裁判で仮にバンドラー氏が勝訴していれば、NLP テクノロジーはバンドラー氏の知的所有物となり、世界中の人々は NLP を言及する際、『NLP TM』という風に商標を示す『TM』を必ず『NLP』の後に付ける必要があったかもしれませんが (事実、裁判を起こしていた当時、バンドラー氏は人々 (北岡を含む) に『NLP TM』と『TM』を付けるように奨励していました)、同氏は敗訴したので、現在、NLP は商標登録の対象になっていません。

もしかしたら、以上の二つの歴史的事実から、バンドラー氏は、NLP 誕生の地である米国では疎んじられ、その活動の拠点を英国に移してきているのかもしれません (この事実自体、国内に伝わっていないと思いますが)。

これらの事実は、もちろんのこと、英語圏の人々は、簡単に Web で閲覧できるので、皆知っていることです。日本人だけが『蚊帳の外』にいるのだと思います。」

2) グリンダー氏について

「グリンダー氏は、当初自他共に認める『チョムスキーの後継者』でしたが、ある日 LSD を摂取して、その『保守的な世界観』が一挙にしてがたがたと崩れ、そのことが NLP 創始につながったということでした (60 年代、70 年代のヒッピー文化全盛のカリフォルニアでは、ほぼすべての若者がそのようないわゆる『非合法』ドラッグの実験をして、変性意識の研究を行っていました。 この背景が、外的化学物質に依存しない『脳内麻薬』としての NLP 体系の構築につながったことは疑うことはできません)。

グリンダー氏は、北岡に、『グリンダー & ボスティック著の「Whispering in the Wind」で、LSD 摂取が NLP 創始につながった事実に言及しなかったが、言及すべきだった』とおっしゃいました。

さらに、60 年代にグリンダー氏は、『イッピー』 (米国西海岸文化において、ヒッピーの後に出現した、『Youth International Party (若年国際党)』の党員) として、サンフランシスコの金門橋をデモ行進していたが、現在のトレーニング パートナーのボスティック女史は、そのとき『体制側』として、デモ隊が阻止した車列の一台に乗っていて、そのデモ隊について悪態をついていただろう、こと は、皮肉なことだ、ということでした。」

以上が、バンドラー氏とグリンダー氏に関する裏話の一部ですが、国内の NLP 市場の人々にとっては、特に、バンドラー氏が殺人事件に関して陪審裁判にかけられていた事実は衝撃的かと思います。

しかし一方では、この事実は、英語を理解できる人々にとっては、Wiipedia で閲覧できる万人の「周知の事実」であって、このようなことを市場にあえて伝えないでいる国内のトレーナー (この事実を知らないトレーナーも数多くいるとも思われますが) は、一種の「情報管理」をしていると取られてもし方ないのではないでしょうか?

なお、この小冊子は、以下のサイト ページから無料でダウンロードできます。

http://www.kitaokataiten.com/nlp_secrets/

作成 2024/2/17